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私はこうして【平成24年】 [私はこうして]

その8 2012年(平成24年)

 配属部署が変わってから一年近く経っただろうか。同じ建物にある別組織に出向という形だった。長年相手にしてきた顧客層の年代が大きく変わった。詳しくは語れないが。。。いよいよ辞め時なのかなと思った。
 この年はなぜかパスポートを更新した。過去数年海外旅行をしなかったし、その先も予定なんてなかったのだが、念のため。旅行する金はないけれど紺色のステンカラーコートを一枚買った、無印良品。高校生でも着ねーよ、という感じの代物。これを羽織って何となく飄々と歩いてみたかったんだな。
 ユニセフのマンスリーサポート募金をやめた。もうこれで縁切りにしようと思った。
 身の回りのものはかなり処分した。この先、そう長くは生きられないかな、そう長く生きていたくもないかなと思うのは相変わらず。。。というわけで粛々と身辺整理。靴を何足か処分。エレキギターを粗大ごみとして処分した。
 10月、因縁のある神奈川県大船の事務所へ転勤となった。因縁の詳細については「ぼくたちのおっぱい」を根気よく読んでもらいたい(全100話以上あります)。家は世田谷区のままだったので、大船までの通勤はそれはそれはかったるいなんてもんじゃない。改めて年下上司の采配にウンザリした。
 転勤を機に、身辺整理はかなり進んだ。歌舞伎のブロマイドを同好の後輩(年齢は彼の方が上)に譲った。もう読むこともないだろう宗教関係の本を処分した。教会に献本する気持ちなんてさらさらなかった。
 池波正太郎の文庫(主に剣客)を実家の親父に送付した。この頃親父はまだ生きていたのだ。そのお礼でもないのだろうが、実家から幾許かの金が送られてきた。この少し前、ボケかかっている親父が振り込み詐欺に騙され、既のところで銀行員が歯止めをかけてくれたとのこと。騙されるくらいなら生前贈与しておこうというなのだろうか、こちらに僅かばかり回ってきたという次第。。。
 仕事が煩雑になるにつれ、HPとフェイスブックを一旦やめたのもこの頃だ。ちなみに、6月から共済組合の積立額を増やした。生活防衛のため。。。
                                        続く。。。
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私はこうして【平成23年】 [私はこうして]

その7 2011年(平成23年)

 本部に戻ってから所属部署が変わり、なぜか基本給は若干上がった。だからと言ってそうそう贅沢をすることはできなかった。ボーナスなんて無いも同然だったし。。
 東京に戻ってから隣町にある十数年来の馴染みの焼き鳥屋に、月に数度顔を出した。世田谷区千歳船橋の駅そば、鄙願(ひがん)という日本酒をふるまう店(店名は敢えて書かぬ)。。その店は元々父親の代にはうなぎ屋であったのだが、2代目はうなぎと焼き鳥の両方で商っていた。
 焼き鳥を食べながら酒を飲むことはあったが、うなぎにはなかなか手が出せなかった。貧乏性だからね。ちなみに店構えが綺麗になりバイト学生(東農大)の顔ぶれが変わってからは行くことはなかった。2代目の目がバイト学生の一人一人まで届いてないな、という印象。。。
 記録によると、この年は夏休みと正月に帰省したようだ。夏休みと言っても9月ごろだと思うが。とにかく年中ヒマなし(そのくせ安月給)の会社だったから。会社はいよいよ経費削減ということで、社内の互助会組織を解体した。共済組合があるのだから、そもそも要らないっちゃ要らない組織だった。互助会会費が若干戻ってきた。スズメの涙にも足りない額。。。
 というわけで以前として貧乏だったので、某麹町支店にある口座への預金を増やそうと思ったが、すぐにやめた。余裕を持って毎月積み立てをするなんてことは、貧乏人にはなかなかできることではない。まだそこまで逼迫感がなかったのかもしれない。。。
 会社の方も代替わりが進んでいって、いよいよ「イヤな会社」「アホな会社」になっていった。このままいつまで仕事を続けるのかな、と思い悩む日々。いい年をした独り身だもの、いまさらどうなってもいいや、と思いながら暮らす日々であった。。。
                                     続く。。。
 
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私はこうして【平成22年】 [私はこうして]

その6 2010年(平成22年)

 神戸で働き始めてから足かけ5年目(といっても実質的には丸3年と9ヶ月)に東京へ戻ることが決まった。そのあたりの事情は「ぼくたちのおっぱい」を読んでください。
 さて東京本部へ戻るには戻ったが、社屋はまったく以前とは違う景観を呈していた。業務は前の職場とは似て非なるものであまり精力的に働く気にはなれなかった。ようやく関西で形になってきたなと思ったら本部勤務を命じられ。。。全く計画性も何もあったもんじゃない。周囲の同僚に聞けば間違いなく同じ考えにいたるというヒドい会社であった。
 転勤により通勤区間は俄然短くなった(世田谷区砧〜渋谷代々木)。東京〜新大阪間の帰省交通費はもちろんかからないし、江坂〜阪急三宮の通勤交通費もかからなくなった。この会社は日常の通勤交通費は出すが引っ越しにまつわる敷金・礼金の補助とか帰省費用の援助とかは全く出さない(引っ越し費用だけは規定内で支払われる。本人が移動しなければ仕事にならないから当然)。引っ越し貧乏という言葉があるが、「エラくなって」転勤や異動が増えるほど貧乏になっていく。転勤に関わる費用の補助を得られるかどうかは、本人が総務本部長との話し合う能力を備えているかどうかにかかっている。非常にテキトーな会社であった。
 実家への帰省は楽になったが(伊丹から実家函館へ帰省する場合、一人でも往復交通費は10万円近くかかる。しかも羽田を経由しなければ便がないことも。。。こんな事情を会社は理解していないだろう)帰省は年に1度だけ。休みが予定どおりとれることなんかない職場なので。。。帰省回数を抑えた分、共済組合の積立をせっせとした。
 転勤に伴い所属教会も当然変わった。同じレデンプトール修道会ということで、吹田教会から初台教会へ。実はこの期に教会維持献金を減額した。こんなことしてると地獄行きだな、とは思ったが背に腹は代えられぬ。
 転居に合わせ、ネット回線をフレッツ光に変更した。わずかな費用ではあるが、細かいところで生活費防衛を図った。いつまた転勤させるかわからないので、気がつく限りのことを続ける、そんな日々であった。。。 続く
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私はこうして【平成21年】 [私はこうして]

その5 2009年(平成21年)

 神戸で働き始めた4年目、大阪に住み始めてから5年目。この年は生活防衛対策をさらに強化、かなり経費削減することができたと思う。
 まず、共済組合の積立金額をアップした。歌舞伎座通いをやめて上京回数が減ったので、その金を回すことができた。大阪は世田谷暮らしに比べて食費も安かったし競馬もしなかったし。。。
 次に医療保険を見直し、結果的に解約をした。解約金167万円が戻ってきた。僕の死亡時に兄が受け取る予定の保険金も大幅に減額設定した。これにより保険料はかなり安くなった。今さら兄貴が家を建てる必要もないからね。
 細かいところでは、実家への帰省をとりやめた。両親ともまだ存命であったが、この年は帰省しなかったようだ。大阪から函館まで往復運賃は馬鹿にならない。それよりも何よりも、実家に帰るととにかく疲れるから。母親に顔を見せるためだけに帰省していた。。。(詳しくは「ぼくたちのおっぱい」をお読みください)
 さらにユニセフ募金を再び中止した。近所の居酒屋通いも大幅に減らした。酒を飲んで解消できるようなストレスではなく、酒を飲んでもあまり意味がなかったから。
 記録によると、毎月の教会献金を減額、ウィルコム解約、携帯電話の契約内容を変更等も残っている。かなり細かく減額対策を取ったようだ。元々の給料が安いのだから、しっかりセーブできるところはセーブするのがトーゼン。
 でも、それは将来のために金を残して少しでも老後を楽しく暮らしたい、というのとは違うんだな。老後なんてどうでもよくて、長生きしようとも思っちゃいない。ただ兄夫婦とか始め他人の世話にはなりたくないだけの話。。。
 一度も社会に出て働いたことのない義姉に年金生活の何たるかを見せてやりたい、それだけだ。だからそれまでは命を永らえ、意地でも義姉より先には死なないつもりでいるw 続く。。。
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私はこうして【平成20年】 [私はこうして]

その4 2008年(平成20年)

 神戸で働き始めた3年目、大阪に住み始めてから4年目。この頃は猫と二人暮らしなのに高い家賃を払っていた。単身者向けの「ペット可」物件が東京と違って非常に少なったので致し方ない。せっかく大阪にいながら奈良や滋賀、三重、和歌山などにも行かなかった。ついに大仏様を拝むことはなかったな。。。休みの日はだいたい服部緑地公園で飛行機を眺めていたような気がする。
 この時点では一人で生活するにはまだ若干の余裕があったのかもしれない。でも先行き不安なので(自社系列ではなく)共済組合の積立貯金を始めた。いつ無くなるかわからないような会社に積み立てをするよりも組合の方がはるかに安全だから。わずかずつでも積み立てていたことが後に非常に役に立った。
 そんなわけで(どんなわけ?)何を思ったのかユニセフのマンスリーサポートを再開してしまった。ユニセフのロゴ入りのマグカップとかTシャツとかをネットサイトで買った。だから余計なことにお金を使うなってば。このサポートシステムは、ネットから簡単に入会したりメールひとつで簡単に取りやめにしたりできるのがいいところ。少しでも余裕のある人にはおすすめしたい。海外旅行した時に使い切れなかった外国の小銭を高輪のユニセフまで持っていって募金したこともあったけ。ウォンやらセントやらフランやら。。。このような機関に支払ったお金がどのように運用されているのか疑いだしたらキリがないので、そこは考えない。。。
 この年はさらに「投稿」をしていたと記録にある。どこへだろうか? 出版社か、ネットか? いずれにしてもくだらないモノを書いては送りつけるというしょーもないことをしていたが、すぐにやめた。とにかく熱しやすく冷めやすい性格だから困ったもんだ。原稿を書いて少しでもお金になれば生活の足しになるのだろうが、そんなことは絶対にない。誰も読んではくれないかもしれないけれど書き続けるのは中坊と同じ。。。w
 素敵な大阪暮らしはなおも続いた。。。
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私はこうして【平成19年】 [私はこうして]

その3 2007年(平成19年)

 神戸で働き始めた2年目、大阪に住み始めてから3年目。この前年の秋からミサに与り勉強会に参加していたカトリック教会で洗礼を受けた。「聖人カレンダー」なるものがあってネットで見ることができるのだが、ご存知だろうか?実は出身高校の創始者がカトリックの聖人で、受洗した4月7日はこの年の復活徹夜祭の日、奇しくもかの先生の記念日であった。それを知っていたのでお名前を頂いても良かったのだが、やめた。この名前をつけた芸人(兄弟校の先輩)がすでにひとりいるから。自分の誕生日からすると聖バルナバでもよかったのだが、これもやめた。そんなに立派じゃないから。結局ありきたりな天使の名前を選んだ。天使のような声で歌いたかったし、そもそも天使には性別がないのだから、ちょうど良かったのかな。。。
 この年、4年ほど続けていた歌舞伎座通いをやめた。つまり大阪から新幹線で東京東銀座まで通っての歌舞伎観劇をやめた、ということ。当時はまだ尾上松緑が辰之助で、市川海老蔵が新之助で、尾上松也くんや獅童が顔を売り出し始めたころだった。仁左衛門さんと玉三郎さんの二人椀久とか、廓文章は良かったなあ。阿古屋も良かった。芝翫さんや団十郎さんもご存命、実に素敵な数年間であった。しかし生活防衛のために観劇をやめると、結構な経費節約になったw だって、チケット代とお昼のお弁当代とブロマイド代と往復運賃ってすごい金額。月に1〜2回、年間12回、これを4年間続けたんだね。バカみたいw 
 さらに数年間続けていたヴィッセル神戸の試合だが、ホームゲームをウィングスタジアム(現ノエスタ)の最前列で見られる年間シート購入をやめた。まあ、ひとりで見に行っても虚しいし、そもそも役に立たない大久保とか走ることを忘れたキングカズなんて見ても意味がなかった。同じ三浦でも三浦アツには本当に感謝している。これはヴィッセルファンじゃないとわからない気持ちだろう。パクカンジョとかホージェルとか好きだった。先日日産スタジアムへFマリ戦を見に行ったら北本久仁衛がまだやっていたので驚いた。あいかわらず危なげだったけれどw
 仕事の方は相変わらずストレス満載であった。しかしそれなりに頑張っていたのではないかな、と思う。江坂に帰ってから帰路にある「居酒屋かんぱい」にも週1程度立ち寄った。この頃はまだ肝臓が機能していたような気がするw 続く。
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私はこうして【平成18年】 [私はこうして]

その2 2006年(平成18年)

 難波での仕事にもようやく慣れたなあ、と思っていた9月、またまた転勤を言い渡された。神戸へ行けとのこと。やれやれどんだけ行き当たりばったりなんだか。。。
 以前からヴィッセル神戸のファンであることを公言していたが、別に神戸で働きたいわけではなかったので正直「またかよ」とうんざりした気分。こうまで頻繁に転勤、転勤と続いていると次は京都行きを命ぜられるのか?と勘ぐりもしたが、さすがにそれはなかった。
 転勤はしたけれど、家は大阪吹田市のまま神戸三宮まで通った。JRを使えば早かったのだろうけれど、江坂から梅田まで御堂筋線、梅田からのんびり阪急線各駅に乗った。疲れるのがイヤなので絶対に座れるように、と。早く家に帰っても時間を持て余すだけだからw ※毎日梅田を経由したのは、梅田駅が好きだったから、としか言いようがない。梅田は何となく小田急線新宿駅を彷彿とさせ、好きな光景であった。
 この頃、江坂周辺の地理に慣れて近所のプールに行くようになり、その帰りがけにカトリック吹田協会に通い始めた。聖歌隊の練習に顔を出したのが運の尽き?そのまま未信者のための勉強会にも参加するようになった。※この辺りの事情は「ぼくたちのおっぱい」を読んでください。
 未信者ではあったが毎日曜日の教会ミサには可能な限り与るようにした。というのは、土日祝日、盆暮れ関係なく仕事がある職場で、月に2〜3回は日曜祝日出勤があったから。神戸では一応出勤体制について指し図できる立場ではあったが、休日出勤を率先しないわけにはいかず、日曜ミサを犠牲にしてでも仕事を優先せざるを得なかった。こういう心の持ちようが後日の「心の病」を招いたのだろう、と今になるとつくづく思う。
 ミサに与れる日には聖歌隊の練習から参加し、そのまま「本番」では聖歌隊席で歌い、神父様の「お説教」を聞く、という非常に正しい信者であったw 全然そんなことはないのだけれど。。。
 この年は信者ではなかったので月例献金(「月謝」と思っている)はしていなかったけれどミサ毎にちょっとして献金をするので、その代わりにその頃サポートしていたユニセフへのマンスリー募金をやめた。ケチだね。その後も様々な策を弄して生活防衛を図った。
 この「私はこうして」は、はっきり言って生活防衛の記録である。このあたりの事情を日記ならぬ年記?としてず〜っと書いていくよ。続く。。。
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私はこうして【平成17年】 [私はこうして]

 その1 2005年(平成17年)

 この年の2月、会社の西部本部、大阪江坂に転勤した。これに伴い、住居を東京都世田谷区祖師谷から大阪府吹田市江坂に変えた。何とも切ない転勤だったことはすでに「ぼくたちのおっぱい」に書いた。
 転勤した翌月(翌年ではない)、転勤したばかりなのにまたまた転勤させられて、所属が変わった(所在地ごとに認可の関係で組合員証が切り替わった)。本部移転ということで、大阪南に転勤した。大阪江坂のスタッフは江坂に残る職員と南に移動する職員とに二分された。これに伴って京都神戸のスタッフにまで人事異動は飛び火した。
 新しい会社は大阪南、最寄駅は難波。江坂では僕の自宅から20数分で歩いて通えるはずだったのに、そのまま御堂筋線に乗車して「なんば」まだ揺られる羽目に。自宅から見えていた江坂の社屋には何の未練もないまま(時々業務でお邪魔してけれど)、ネオンサイン輝く「ミナミ」で働くことになった。まったく計画性のかけらもない役員達にふりまわされた。
 ちなみに南の社屋の大きな道路を挟んだ向かい側にはラブホがこれまたファンタジックなネオンサインを輝かせていた。そしてまた難波の街の賑やかさといったら新宿歌舞伎町辺りとはまたちがった賑やかさ。怖いお兄さんお姉さんがいるのは同じなのだろうけれど、毎日がお祭りの縁日、といった楽しさ、いっそ刹那的な美しささえ讃える夜の風景。。実に懐かしい、というか今でも数年おきに訪ねることがあるのだけれど。。。なにせ大阪は僕の心のふるさとだから。続く。。。

 ※ 大阪での暮らしの詳細については「ぼくたちのおっぱい」第3章に詳しく書きました。それ以前については 同第1章〜第2章をゆっくりお読みください。
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フェイク女は電動こけしの夢を咥える  3/3 [フェイク女は電動こけしの夢を咥える]

   3      

 先週末は久しぶりにABBAのママに会って、楽しく過ごせた。今のアタシを癒してくれるのは、ABBA だけね。以前のように学生バイトの女の子を使うことはないみたいね。百発百中、ママに会えるわ。ママのステージも次第に減ってきているのかしら?
 あの後、結局新宿3丁目の女装バーへ飛び込んで、さらに2、3杯も飲んでしまった。ママはドレスの似合うオネエ様だった。初めてのお店だったし、そもそもアノ手の店は入ったことがなかったので、根掘り葉掘り聞かれたらイヤだなと思ったけど、全然そんなことなかった。アタシ達が二人とも男と知って、しかも女装していたので優しく接してくれた。
 ABBAのお姉さんは信じないかもしれないけど、アタシは普段「完全女の子モード」で外出なんかしないから、パスされたりリードされたりといった駆け引きなんか考えない。部分的にレディースを着ることもあるけれど。お化粧もあんなにバッチリはできないわよ、自分でなんか。でも、なんか自信がついたって感じ。癖になりそうよね。女装癖? だから〜アタシの場合、女装じゃないのよね。ただの普段着なのよ。
 それにしても、しばらくお酒をやめていたからアルコール耐性が低くなったのかしら、お酒が回る回る。結局オールして、始発から3本目でなんとか船橋に帰ったけれど、しんどいなんてもんじゃなかったわよ。気持ちは悪くないんだけど、身体がだるくて。やっぱ肝臓がおかしいのかなあ?  
 アタシね、お酒自体は飲んでも別に楽しくはないのよ。肝臓が悪くなるくらいだから、相当飲んでいたってわかるでしょ? 元々お酒に強いので酔わないし、酔ったところでその勢いでセックスするわけでもないし。そんな気が失せてからもう何年になるかしら? オナニーなんて、最後にしたのがいつだったか思い出せない。
 若い頃、アタシがまだ男の子だった時?は「おかず」があった。目から入る情報が某かあればそれでオナニーができた。今はそれがないのよ。女の裸を見ても、男のムキムキを見ても興奮しない。一時期マイブームだったシーメール物にも興味がない。パートさんはアタシのことをこれだと思っているらしいけど、あんな立派なモノなんかついてないわ。何を見ても立たないし、自分でオマタを探ってみても、あるんだかないんだかはっきりしない。
 おかずがいくらあっても、そもそも今のアタシには、って言うか本当は子どもの頃からなのかもしれないけれど、「食欲」がないのよ。「食欲」がない人間なんて、生きてはいけないわよね。死ぬしかない。毎日ご飯を食べるかのようにパートナーとセックスするって、アタシにはまったく理解できないの。ヒトの繁殖行為は、「食欲」のあるヒトに任せて、アタシはひっそり死を待とうと思うわ。
 で、普段の生活なんだけど、性的な快感がないと、人生の悦びのかなりの部分を喪失したことになるじゃない? それはわかっているけれど、身体が反応しないんだからもうしょうがないのよ。きっと、あんな風に女装? だから〜、女装じゃないってば、着飾って街を歩くのがアタシにできる精一杯かな。今はそれがせめてもの楽しみなのかな。なんか悲しいわね。
 だからいっそのこと、お酒なんか飲まなくてもいいのよ、アタシ。誰かの腕に絡まってお話できればそれでいいわ。何よ、それじゃオカマじゃないかって? 違うわよ! アタシ、オカマじゃないから。しがみつくなら、そして抱いてくれるなら男性の腕がいいけれど、性的指向は女性ね。たぶんビアンなんだと思う。オネエなのに女性が好きって、めんどくさいわよね。自分でもイヤになっちゃう。
「それって、ただの男女の恋愛と変わんねーんじゃね?」
と思われても当然。でもいざ女性とお付き合いすることになっても勃起なんてしないんだから、フツーの男女のような快感を覚えることも与えることもできないわ。それでもいいって人、いないかしら? まあ、いねーよな。
 ところで、ABBAで紹介されて、その後くっついてきた男性客、あれはしつこかったわね。なんでアタシみたいな、まともじゃない人間に言い寄ってきたのかわからないわ。でも終いにはバーのママ? ママでいいのよね、女装お兄さんだから。彼が追い払ってくれたの。さすがに元々男性だけに「地」を出すとそりゃあ威圧感が凄かったわよ。マジで怖かったわ。だから男って嫌いよ、いい面もあるけれど。
 とにかくあんな風に、たまには羽目を外してのんびりとした時間、っていうか自分に戻る時間を持つのもいいわね。そんな時に素敵な誰かがそばにいてくれればもっと良いのだけれど。アタシの隣にいる人は一体誰なのかしら? 隣にいるべき人が男性なのか、ひょっとして女性なのか、それすらアタシにはわからない。まあ、どっちも要らないっちゃ要らないか。
 それにしてもよ、毎度毎度、週明け月曜の街はなんでこんなに人が多いのかしら? 月曜日がこんな風にどこもかしこも混んでいるのは、役人と土建屋が土日に休みやがるからよね。たぶんそうよ、間違いないわね。あの山の手の馬鹿市民センターで働くヤツみたいのが土日に休んでいるせいよ。アイツら、月曜は何としても役場や会社に出なければならないのよ、だからこんなに混むんだわ。
 アタシ思うんだけど、アイツらはいつだって結託してるのよ、休日も仕事の請け負いも。談合?っていうの? 絶対やってるわよね。ほいでさ、談合のお膳立てをしているのは間違いなく役人よね? その程度のからくりに決まってる。役人が一フツーのサラリーマンみたいに土日も働いてくれれば、この国の行楽地、たとえばネズミの国とか? かつての埋め立て地とかはあんなに混雑しないハズよ。
 そんな馬鹿げた役人の街での仕事も終わったし、今日も長〜い道のりを帰らなくっちゃ。
 帰り道、アタシは必ず音楽を聴く。どうしても「お耳直し」が必要なのよ。わかるでしょ? 昼間ず〜っと「出来損ないの音楽もどき」を聴かされているからよ。うちに辿り着くまで、絶え間なく聴いていると言えば聴いているけれど、要は外界の音に耳を塞いでいたいの、ただそれだけよ。そしてRhyeとかWas (not was)とか、Sweet Backとか、昔の曲を聴きながら、今日一日の職場での会話を思い出すわけ。
 思い出したくないんだけど、記憶の中から、そんなに深いところじゃないんだけど浮かび上がってきちゃうわけよ。昼間の会話は、脳内ハードには保存しておいていいけど、ひとまずデスクトップからは見た目消しておきたいんだけど消えないのよね〜。オーマイ、キャッシュって感じ?
 いつものうんざりする通勤を終えて部屋に戻ると、アタシはまずネクタイをゆるめる。男性の格好が嫌いだから、その最たるネクタイは真っ先に外したいわね。で、スーツを徐に脱いでいく。その途中、アタシの動作には色気も何もない。あ〜、アタシ、なんで男なんだろ。
 先週末に通勤に使った小振りの女持ちのボストンバッグには、別の男物ネクタイとYシャツ、スラックス、そして数枚の下着を入れたまま。いずれも、新宿駅のトイレで着替えた物だった。個室から出た時、男性用便器で用足ししていた男性が、ちょっと驚いた様子でアタシを見たけれど、何もなかったかのようにトイレを出ていったわ。紳士ね。出勤前のオカマに見えたかなあ?
 まさか学校のトイレで着替えるわけにはいかない。女子高生じゃあるまいし。心は女子小学生以下だけど。学校のトイレから出てきたところを他の職員に見られでもしたら、何を言われるかわかりゃしないわ。一体何を? 別にドーデもいっか? 一通り脱ぎ終えて、アタシの口からは、ついこんな言葉が漏れる。
「今度の振替に、クリーニング出さなきゃ」
 あっちを着たり、こっちを着たり。なんかめんどくさいわね。そろそろフルタイムで女の子モードでいることを考えようかしら? 
 異性装? どっちが? まあどっちでもいいんだけど。ずっと男の服装はイヤだな〜。衣服の管理や脱いだり着たりなんて別に大したことじゃないのよ。ずっと自分の姿でいられないことがイヤだし、そもそも男でいることが不愉快なのよね。こんな感じ、まともな男性には理解できないでしょうね、クスン、かっこ泣き。いっそ、身体なんて要らない?
 隣の部屋、寝室にはクローゼットがあり、その中にが男物のスーツが数着とブラウス、ワンピースがある。つまり男性用の衣類と女性用の衣類が混在している。それはまるで、夫婦が一つ屋根の下で暮らしていて、小さなクローゼットを無理矢理に夫婦二人で使っているような、知らない人が見れば「おビンボーな夫婦が頑張って生活している」心和む光景かもしれない。でもその実体は、男性と女性が美喜雄というひとつの身体と心に同居する、奇怪な現実そのものを示している。
 スーツに続いてアタシは男性用の下着を脱いで、シャワールームに入る。丁寧に髪と身体を洗い、水気を拭き取ったバスタオルをそのまま身体に巻き付けて洗面台へ。別のフェイスタオルで髪を抑えるように水気をとっていく。
 鏡の中には、母が「女子中学生みたいね」と言った自称奇麗なバストを揺らして髪を拭く女性が立っている。いや、女性であるわけがない。かと言って男性とも言い切れない、微妙な作りの生き物が立っている。
 ドライヤーで髪を乾かし終えて、化粧水のボトルを持ったままテレビのある部屋へ。脚を組んで座るアタシの姿は男性そのものだ。男にしてはやや長めの髪を手櫛でまとめて、テレビのスイッチを入れる。さて、アタシの長い夜がまた始まるのね。
 もうそろそろ、会社辞めよっかなあ? 夕食、正しくは夜食を終える頃、TVでは商品紹介チャンネルしか残っておらず、今夜はこれ以上見る物もない、とベッドにボーっとした感じで腰かけていると、アタシの心の隙間には「会社辞めろ」コールが甘く、悪魔のように鳴り響く。
 梅雨が明けて激的に暑くなり始めた頃、寝室にあったベッドを、たまらず隣のエアコンのある部屋へ移動させた。ようやくこの部屋での春夏の過ごし方がわかってきた。そう、この地の夏は、夜になってもめちゃくちゃ暑いということがわかったので、エアコンをガンガンに効かせて、布団の上で身体を冷やしつつ、テレビを見ながら飯を食べるという、何ともだらしない感じ。こんな時、アタシは一人暮らしで良かった、とつくづく思うわけよ。でも夜ご飯のおかずであるテレビはもう消してしまった。
 ふと、今週末はどこへ行こうかしら? なんて思いつく。 
 アタシのいまのメンタルモードは間違いなく女性。何かを考える時、アタシの脳内言語は、基本的には女言葉なのよ。学校での仕事中は、男言葉を使おうが、女言葉を使おうが、どちらを表に出したところで、最早どちらでもいいと思っているの。周りの人にいわゆるオネエと思われて全然気にしない。思われて何も困ることはないし、自ら「おとこのオバさん」と名乗っているくらいだし。オネエでいいじゃん。オネエなんだからさ。
 女性として街へ繰り出せば、放っておいても男達が近づいてくることは先週確認できた。フツーならばこんな楽しい話はないわよね。しかし刹那的なお楽しみは、朝になれば泡沫に終わる運命で、それは重々わかっているわ。
 部屋にはメンズスーツが一着、クローゼットに仕舞わぬまま掛けてある。明日もこれを着て行こう、っと。やれやれ、こんな不細工な味気ない服をいつまで着てなくちゃいけないのかしら? スーツの隣にはワンピースが1枚、その隣にも。どう見てもレディースの方が可愛いに決まってるわ。職場に男性職員がレディースを着て行ったらマズいんだったかな? 就業規則を読んで確認しなくちゃ。
 フルタイムでレディースを着ていたいけれど、別に女性になりたいわけではなく、女装して楽しくなる性分でもない。ただ可愛くて気に入っているから、というよりも根本的に自分の身体つきに合うから着ているだけ。だったら、男言葉で思考を廻らせてもいいようなものだけど、そうはならないのよね〜。
 一日の終わり、布団に入る時、アタシは自分の心が完全に女の子モードに切り替わるのを感じる。意識が遠のいてきて眠りに落ちる前、最後の寝返りを打つ時の声が妙に甘ったるくて、自分でもギョッとすることがあるの。なんか、恥ずかしいわね。心の中にまだ少し男の部分があるのかなあ? それはそれで、何か可哀想な気もするけど。おやすみなさい。。。
 謝恩会会場で蛇事務長と学校長に辞めたいと言ってから、さらに数ヶ月、アタシ頑張ったのよ。ホコリだらけの仕事場は相変わらず雑然としていて、それ以上に仕事の段取りは煩雑なままだった。どこかにオツムのスマートな上司はいないのかしら? 毎日すがるような思いで目の前のくだらない仕事をこなしていた。
 仕事の中身は確かに腐った卵のようなものだったわ。見た目もダメ、煮ても焼いてもダメってことよ。いっそのこと「こんな会社、もう辞めてやるう!」と腹を決めちゃえば、それなりに面白味もあったように思えたけれど。いつだって女は度胸よね! あ、男か。
 職場にはおじさんばかりではなく、比較的若い先輩女史もいた。いずれも腐っていた。
 そのうちのひとり、若いといっても35歳、驚くなかれ、ここに10年も勤めてるんですって。馬鹿じゃない! アタシのことを使いやすいと思ったのかしら、彼女が抱えている業務をどんどん振ってくるのよ。あれこれ優しく教えてくれて、それはとてもいい先輩なんだけど、基本的に蛇事務長をいい上司と思っているような人だから、どうにも波長が合わないヒトだった。
 最初に会ったときの、彼女の言葉は笑える。
「わたし、よく若く見られるんですけど、もう35歳なんですよ」
 ですって。小柄だから確かに幼く見えるけれど、決して若いとは思えないのよ〜。まだ若い、って自分が思っているだけなのよ〜。それを言うとセクハラになるから言わないけれど。どんだけ勘違いしてるんだか。
 このお姉さん、アタシが住んでいる路線に実家があるとのこと、毎週土日はそこへ帰っているって、35歳の女がよ? 「箱ちゃん」もいいところよね。毎週実家に帰って、親と食事を共にして、日曜の夜に都内に戻る際に、父親のクルマでお米やら食材を運んでもらうんですって。そりゃあ、婿は来ないわよね。近づき難いし、普通の男性なら遠慮すること間違いないわよ。
 でね、彼女が実家に帰るという金曜の夜、一度電車で一緒に帰ったの。共に残業終わりに千葉方面へ黄色い電車で下っていったのよ。津田沼までず〜っと立ちっぱなしで疲れたわ。
 アタシはほら、平均身長ぐらいの男だから彼女との身長差が15センチぐらいあって、しかも身体の大きさが違うものだから、混んでいる車内で彼女の身体をスッポリ包み込むように立っていたのよ。女性を庇うように立つのって、余計に疲れるのよね。
 でも幸いなことにこのお姉さん、先輩のことよ、「女」を感じさせないのよね。アタシ、性指向が女性なのに、女性嫌いなところもあるという異常性格みたい。身体だけじゃなく、アタマもおかしいのよね。で、この先輩、たぶんアタシと同じで、性別に関するある種の障害がある人らしいの。一年を通して行事のある時以外はスカートを履かないんですって。そう言えば、アタシの在職中、一度しかスカートを履いてる姿を見なかったわね。帰りの電車の中で、どっちが女の子なんだかわからない感じで、話自体はとても楽しかった。
 アタシが先輩の腕とか肩とかに遠慮なく触って、逆に先輩にはアタシの身体に触れることを許さないもんだから、彼女が怒り出しておかしかったわ。触られるのがイヤなんじゃなくて、触らせてくれないって。なんか変な人達よね。
 結局そんな二人だったから、最後まで「おかしな関係」って言うか、フツーの男女の関係には至らなかったわ。アタシ、もう恋愛なんてコリゴリだし、そんな仕様じゃないって気がついているから。
 ある日、講師控え室で二人だけになったとき、この35歳のお姉さんに
「アタシ、辞めるつもりでいるんです」
 と告げると、物凄く悲しそうにしていたわ。そりゃあそうよね。普通の人は一緒に働いていた人が辞めると聞けば、残念がったり泣きそうになるものよね。それが人間ってものじゃない? でも事務長は蛇だから、涙も出ないらしいの。どこかにマングースみたいなヒトいないかしら、ってマジで探したわよ。
 アタシが辞めるって言い出してから、もうひとり焦り始めた先輩女性がいた。こちらは30歳。なかなかbustyな感じの色白姉さんで、女モード全開って人だった。
 35歳のお姉さんとは違って、こちらは転職後間もなく、蓄えが少ないので簡単に辞めるわけにもいかない、けれどもアタシ同様に仕事にはマイっているとのことだった。
 一緒に土曜出勤した日、延々と二人で愚痴をこぼし合って、っていうかアタシが彼女の話を聞き出す感じで過ごしたわ。ほら、あたし面接の達人だから。
 その日も朝から自主練習をするために教室を借りにくる生徒が絶え間なくカウンターを訪ねてきていた。元々予定されている土曜授業もあり、講師陣も平日と変わらず行き来していたわ。でもアタシ達、そんなのお構いなしに言いたい放題しゃべりにしゃべって、お菓子も食べまくったわ。
 30歳姉さんは自分の「おっぱい」がでかいことを気にしているのか、猫背で背中にみっしりと脂が乗っているのがわかった。あれだけお菓子ばっかり食べていたら太るのも当然だわ。30歳ってまだ育ちざかりの小娘だからしょうがないわよね。お前はどうなんだよって? アタシの年が知りたいの? 女性に年は聞かないものよ!
 ちなみにこのお姉さん、初めて話したとき、
「わたし、こう見えて結構トシいってるんですよ。30歳になりました」
 って言ったのよ。え、まだ30歳? 自分のことを見た目20台だなんて思ってるの? 馬鹿じゃない!? とても30歳には見えないわよ。もっとババアかと思ったわ、アタシ。ここの女達、どいつもこいつもどんだけ勘違いしてるのかしら。
 アタシが退職した後の業務分担を思って、色白姉さんは暗澹たる気分になったらしいわ。だって、アタシが抱えた仕事はほとんど35歳と30歳のお姉さん達に戻すしかなかったんですもの。まあ、可哀想にねえ、と内心は他人事と思いながら、終日彼女を慰めるアタシだった。あのお姉さん、アタシには心を許してくれていたので、いい仲になることも可能だったけれど、ほら、ご存知の通り興味ないから。
 ところで、アタシが前の職場を辞めたのは、睡眠障害と抑うつ状態がひどくなって通勤が難しくなったから。というのは表向きの理由で、会社に愛想が尽きたというのがホントのところかな。組織運営のやり方と役員の馬鹿さ加減についていけなくて、おまけに理不尽な人事異動に巻き込まれたので、これ以上いてもしょうがないと思って辞めたの。
 どうしてそんなに簡単に辞められるの? 食べていけないじゃない? と思う人も多いでしょうね。でもそんなのお構いなし。辞めると決めたら、とっとと辞めちゃう。最後に決めるのは自分。オネエにだってプライドはあるし、元々社会に何の貢献もしていない仕事をワクワクもせず黙々とやっているのは堪えられないのよ。「食欲」という生きていくエネルギーがないんだから、何か働くための強い動機がなくっちゃ、アタシのようなポンコツエンジンが動くわけがない。せめて新しい目的地を探すしかないじゃない。
 そしてまた、この職場でもアタシのエンジンはさらにポンコツになっていったみたい。いつ破綻するかわからない仕事を毎日ヒヤヒヤしながらこなすのは無理、アタシはストレスに滅法弱いんだから。またぞろ抑うつ症状が出てしまう。って言うか〜、出てしまったのよね。
 何度も言うように、帰宅時刻は遅い。お風呂にも入らず、シャワーだけで済ませて慌てて食事。お風呂に入らないなんて、女子としては許せない。まあ、百歩譲って男子だとしても、疲れが貯まってくるのがわかる。そして、夜ご飯を早食い。これって太るのよね〜。お腹がいっぱいになったら、もう眠らなきゃ、って眠れるわけないじゃない?
 でも、布団に入ってからの寝付きは以前よりよくなったかな? 要するに、相当疲れていたのよね。でも、寝付いてからが大変なのよ。毎夜必ず、眠りについてきっかり2時間で目が覚めちゃうの。そしてトイレへ。さらに1、2時間するとまたトイレへ。当然だけど、いちいち「座りトイレ」ね。
 目覚めた瞬間にどんな夢を見ているか。大概、前の会社と今の会社で起きたイヤ〜なことを思い出しているのよ。すべて解決しているはずなのに、
「あの時、あの人に対して、よりよい方策があったのでは?」
 みたいに、未だに答を探している。これはもう病気よね。だから心療内科にも相談して前職を辞めたのよ。実際のところ、仕事に復帰するには早過ぎたのかな?とず〜っと思っていた。
 うっかりすると就寝は12時、1時。でも翌朝5時前には起きて朝ご飯。朝をしっかり食べないと午後の休憩まで身体がもたないわ。ほら、育ち盛りだから、って笑わないでよ。30歳姉さんじゃあるまいし。つまりね、新人は会社に着いてから6〜7時間は飲まず喰わずで働かなきゃ、って感じ。蛇上司と同じ時間に、午前11時半に食事に出ても誰も文句を言いやしないけれど、何となく気が引けるのよね。それに、午後に休憩をとれば、アイツと一緒にいる時間が減るもの。
 で、週に2〜3回くる時差シフトをこなすと、睡眠時間が2〜3時間って日もあって、しんどいったらなかったわよ。ここで働き初めて3ヶ月で10キロ痩せたわ。肝炎がわかってから無理はしないようにしていたんだけど、さすがにちょっと怖い減り方だったわ。まあ、元がデブ男だからいいけどサ。そうそう男なのよね。時々思い出さないとね(笑)。
 再就職してからは抗精神薬的なものは飲んでいなかったわ。自粛? 服用しなければ肝臓への負担も減るだろうし、身体つきの変化も止まるだろうなと思ったわ。でも抑うつ症状は簡単には消えないのよね。 
 極めつけはこれかな。仕事が変わってからも、夜中に目が覚めた時に泣いていることが何度もあった。朝、目覚めたときも。目が覚めた時に泣いている、気分が落ち込む、って物凄く疲れなくない? そうなの、それが朝目覚めた時から始まるので、朝からとってもしんどいのよね。その後は、気持ちを奮い起こして一日働くってどうよ? そりゃあ痩せるわよ。往復5時間の通勤が待ってるし。
 このままじゃ身体もアタマも保たないから、辞めないとダメかな?って思ったの。男性として働くことに関しては何とも思わなかったわ。別に男性だから、職場では男性扱いでいいの。その辺りの割り切りはできている。食べていくためにはしょうがないと思っているわ。ずっとTGとして生きていく覚悟はできているわ。身体も今の男性のままなのはイヤだけど、手術はしない。手術をしたら最後、女性ホルモンを一生打たないと死んでしまうから。まあ、死んでもいいけど。
 でもさ、蛇に睨まれたまま死ぬのはイヤなので、いい頃合いを見計らって蛇に退職を告げようと思った。いつ言おうかな。前職の時に書いた退職願に倣って何枚か書いて、数日間鞄に潜ませていた。これって、みんな経験があるんじゃない? 退職願を書いてはみたけれど、出すに出せないって。そう言えば『サラリーマンは所詮全員が転職希望者である』って誰かが言ってたわね。
 蛇が会議でドタバタしている月曜は避けよう。火曜も会議に出るだろうから半日は事務所にいないみたいね。じゃあ、水曜? どうせまた学校長に呼ばれるだろうから、爺さんの出講する曜日にする? という具合に色々考え、日付を3パターンぐらい変えて退職願を作成したの。
 結局ヤツに声をかけたのは、火曜日だった。記録にそう残っているから間違いないわ。会議の準備をするためにヤツと上の階に上り、校長室の座席を会議仕様に変更し終えてエレベータで下りてくる途中、
「やっぱり辞めようと思うのですが」
 と言った。ヤツは慌てて2階でエレベータを停止した。
 2階フロアで空き教室を探したがどこも授業で使われていて、廊下で立ち話をする形で改めて事情説明を求められたわ。アタシはこの時、辞める気満々だったから、これ以上慰留されては敵わないと思って、絶対に辞めることができる理由を準備していたのよ。
 まず、通勤の大変さはヤツもわかっているだろうけれど、たぶん話半分で無視されると思ったの。それはサラリーマンの宿命だから。それと仕事の困難さ、つまり、年度末から年度始めにかけて繁忙期に新人として新しいことを次から次へと吸収しなくてはいけない大変さ、これと冬に実施する大イベントの準備
という二つの困難さは言っても取り合わないだろうな、と思った。前回、謝恩会の時にごり押しされて終わった話題だから。
 そこで、こういった仕事のストレスによって、自分の抑うつ状態がひどくなっていることを切々と訴えたのよ。もうこの職場を辞めるにはこれしかないと思ったから。要するに、こいつらには何を言っても理解されないだろうと思ったから。
「実は、前の職場を辞めたのは抑うつ状態がひどかったからなんですよ」
と、話し始めたの。授業時間中ということで、廊下を行き来する学生はおらず、アタシ達の話に聞き耳を立てる人は誰もいなかった。
「一番問題のある症状ですけど、これって『死にたくなる病気』なんですよね」
 この脅し文句は効いたみたい。「いつ自殺するかわからないから、このまま業務担当を続けていると多大なご迷惑をかける恐れがあるし、自分はこのストレスに堪えられない」、なんてことを言ったわ。さすがに蛇も職員に死なれたら困ると思ったみたい。まさか、そんなことないか。
 事務所へ戻ると、事務長はそそくさと昼食休憩に出て行った。
 その後しばらくして、蛇と入れ替わるように産休中の契約社員が赤ちゃんを連れて事務所にやって来た。古株のパートさん達3人、それと契約女子社員の30歳と35歳のコンビがベビーカーを取り囲んでいた。産休社員さんは物凄く仕事ができて「切れる人」、って突然暴れる人じゃないわよ、切れ者と呼ばれる主婦ってどんだけ怖いオバさんかと思っていたけれど、優しそうに見えた。まあ、アタシはもう辞めるので、どんな人だろうと関係なかったのだけれど。今回退職を思い立った理由のひとつとして、「怖いお姉様の復帰」もあるので無関係でもないかな。
 赤ちゃんを取り囲む5人中3人が経産婦なので、そりゃあもう盛り上がっていた。アタシは思わず
「良かったわねえ、かわいい赤ちゃんが産めて」
 と言いたかったけれど、黙っていた。勝手に好き放題エッチして小汚いガキを拵えていけばいいのよ。アタシなんか、どう足掻いたって赤ん坊を産めないわ。でも「埋める」ことはできるわね。おっと、危ない危ない。
 おばちゃん達はワイワイといつまでも楽しそうにしていた。赤ん坊が産まれるというのはどうしてそんなに喜ばしいことなのかしらね。たかが他人の子どもじゃない。いずれは自分の孫子を脅かす存在なのよ? 一緒にこの地球で生きて行く仲間? とんでもないわ。互いに自分の遺伝子を残そうと競争し合ってるのよ、パートナーになんかなり得ないのよ。
 何が起きるかわからないこの世の中で、子どもを育てていこうなんて蛮勇以外ないわ。保育園、幼稚園、小学校、そんな小さな時から、どんな子がいるかわからない集団の中へ、よくぞ自分の子どもを属させることができるなと感心する、というか呆れてしまう。怖くないのかしら? 多くの親が怖いと思っているから私立学校が繁盛するのだと思うけれど。実は多くの親は知っているのよね、怖さを。
 ママ達がキャイキャイと騒いでいる最中、赤ちゃんが愚図り出し、切れ者ママが抱き上げてあやし始めた。それを見て、アタシは隣にいる若いパートさん、ボクの身体に気づいた彼女に聞こえるように
「おじちゃんのおっぱい、吸わしたろか?」
と言った。そりゃあ大受けしたわよ。これで、いいのよ。世界にたった一人、アタシを笑ってくれる人がいれば。
 ママと赤ちゃんが帰ったあと、事務所内はひとまず落ち着いた。アタシは目の前にいる男性職員に
「ついに事務長に言いましたよ!」と告げた。
「え、辞めるって言ったんですか!?」
 それを聞いた真後ろに座る35歳も、斜め前の30歳も色めき立った。常にアタシの会話に聞き耳を立てている35歳が
「え〜、辞めるなんて言わないで〜」
 と言ったが、もう遅いのよ。半分はアンタのせいなんだから。
 午後、蛇に伴われて学校長室に入った。やれやれ、また説明しなきゃいけないのかな? たぶん蛇君は何も伝えてねーんだろうな〜、と思ったのだが案の定だった。
 3階の薄暗い廊下から防音設備のある学校長室へ、蛇と二人同道して入った。年をとって白髪の増えたアンパンマンのような小太り爺さんがいた。事務長は、
「退職願が出されています」
 とそれだけ言って、部屋の中央の大きなテーブルを挟んで座らせて、ボクと学校長を対峙させた。そして自分で説明するようにと促されたので、
「前回もお話しましたように」
 と、蛇事務長に言ったのと同じように、テキトーな言い訳を述べ連ねた。理由なんてどうでもいいのよ、とにかくこの職場とさっさと縁を切りたかっただけなの。そして決まり文句の「抑うつ状態」を出して、仕上げは「ご迷惑にならないよう、切りのいいところで、退職させていただきます」と伝えた。
 学校長は、非常に困惑したような、半分怒りの表情を浮かべていたが、そんなこと、アタシの知ったこっちゃない。あんたの目論んでいたイベントがどうなろうが知らない。事務局の仕事が破綻しようがアタシにはもう関係ない。今後誰がパンクしたって構わない。アンタ達のような馬鹿とは一緒に働けない。すべてこんな事態を招いたのはアンタ達なんだから。何を言われたって辞めてやるわ。会社を辞める時、最後はわがままでいい、これは鉄則よ。
 さんざん「あーだこーだ」と言ったけれど、どこまで冷静に学校長は聴いていたのかしら。たぶん心穏やかではなかっただろうな。ざまーみろ。でも、学校長には『死にたい病である』ってところまでは言わなかった。自分のためにも、他の人のためにも。今後同じようなケースで辞めていく人もいるだろうから。結局本当の詳細は言わずにアタシからの話は終わった。
 横で立ったまま二人の様子を窺っていた事務長が「もう終わり?」という感じでアタシの顔を覗き込んできたけれど、無視したの。これ以上詳しいことを話したって意味ないでしょ、と思った。
「退職するのは止むを得ないかなと思います」
 と事務長が学校長に一言。なんだコイツ、ずいぶんアッサリしてるじゃん。最初から「どーでもいいや!」と思ってたんだろうな。きっと謝恩会会場で話した時も、いやそれ以前に辞めると言われた時から、「もうどうでもいい」と思っていたんだろうな。そんなヤツなんだな。
 35歳女史からは優しい上司と慕われているが、実は冷たくて部下のことなんか一切気にも留めない野郎なんだよ、とアタシには最初からわかっていた。だって蛇なんだもん。自分から部下に何か話しかけるということがまるでなくて、組織を回していくエンジンになろうという意識が全く感じられない人間だった。間違いなく蛇だったのよね。
 すると、学校長が最後の悪あがきで、
「事務局の仕事をはずれて、合唱の方だけでもやってもらいないだろうか?」
と食い下がってきた。事務仕事を離れて、年末イベントの合唱団マネージャーとしてだけ働いて欲しいというのだ。
 アタシはそう言われるだろうな、それでもいいかな、と既に考えていたけれど、この事務局と縁を切るのが本意なので断った。マネージングを引き受けて事務局を去れば、学校長の覚えは良くても、蛇にずっと恨まれたまま学内に残ることになる。それは避けたいと思ったから。
 そもそも、そっちがメインの仕事と思っているなら、最初から採用の募集要項に書けよ! 募集要項には、ひとっことも年末イベントについて触れてなかったじゃない! アンタ達、やっぱりアタマがおかしいわよ。もう一度、仕事を見直すべきね。
 退職願を出して受理され辞めるまでの間は、思ったよりも楽しい日々だったわ。周りの職員達は皆、アタシに対して辞めないでと言ってくれた。ひとり、臨時職員なのに役職手当をもらっている男性は何も言わなかったけれど。あ、一言だけ、トイレで並んで歯磨きをしていたとき、聞いてきたわね。
「次の仕事、決まってるの?」
「いいえ、何にも」
 辞める理由のひとつはアンタだよ、とは言わなかったわ。この男性職員、来春には定年退職する予定とのことで、蛇はその引き継ぎをアタシにやらせるつもりだったらしいわ。要するに卒業式から謝恩会、入学式等のイベント関係をすべてアタシに押し付ける気でいたのよ。アタシはそんな奴らの思惑も知っていたからこそ、すべてオジャンにさせてやるつもりで退職に踏み切ったのよ。誰がアンタらの好きなようにさせるもんですか!
 特に悲しんだ様子はなかったけれど、件のパートさんの対応はうれしかったわ。これからは好きな格好で毎日を過ごせるし、自分を隠す必要もないわよ、と言ってくれたから。
 ある日、アタシがカトリック信者だと知った彼女は、教会に行く時の服装について聞いてきた。
「特に改まった格好はしませんよ。いつも通り、さすがに自分の部屋にいる時みたいな服は無理ですけど。Tシャツに短パンとかは」
「結構、お固いイメージがあるんだけど」
「そんなことないですよ。カトリックは割とゆるいと思いますね(関係者の方、お許しください)」
彼女がまた胸を指して
「他の信者の人は知らないの?」と聴くので、
「先日、花柄のブラウスを着ていったら、聖歌隊のおばさんに『素敵ね』と言われました」
「ええ、やっぱり着てるんだ!」
 と驚くので、さらに話を続けた。
「この次はニットの半袖サマーセーターを着ていこうと思うんですけど、どうですかね?」
「それはヤバいっしょ! ニットはちょっと、アレなんじゃない?」
 身体のラインがバレバレになっちゃうわよって、それはわかっているけど、いつかは何でも好きなモノを着て過ごせるようにしたいじゃない? スカートとかも。そうやって暮らしていきたい。そもそもこれは女装じゃないし。アタシはこういう身体の男性ってだけだから。戸籍上は男性、中身は純粋な男性じゃないけど。女性であり、同時に男性なのかな? あるいはどっちでもないのかな? これからはドーデもいいわよね。
 退職願には「○月○日付けで」と書いて了承されたので、この日までにすべて身の回りを片付けることになった。あとひと月。やった、この会社ともオサラバじゃ!
 そんなアタシの思惑に関係なく、日々の馬鹿仕事は相も変わらず流れてきた。とにかく言われたとおりにこなさなくちゃいけない。ここにいる限りは最後までそれなりにやらなきゃね。
 それにしても、アタシがやっていた仕事は今後誰が担当するのかしら? それが問題だわ。キチンと引き継いでから辞めないと。
 大きく分けて2つしかないから簡単なんだけど。年末のイベントと日常業務。これしかない。退職が決まり、その日付まで確定しているのに、具体的な指示がない。さすが蛇だわ。なんだかはっきりしないままに、ないまぜになって、その日を迎えようという魂胆ね? いや、何も考えてないのよね。学校長の御機嫌取りしかヤツのアタマにはないんだから。まあ、いいわ、アタシのやりたいようにやらせてもらう。決してアンタ達の得にならないように。
 退職の日はなんだか加速度的に近づいてくるように思えたわ。まずはボリュームのある日常業務について、これをどうするか考えたわよ、一応ね。
 これまで、35歳先輩に口伝された仕事の内容は、悉く文書に残してきたの。
 職員レベルでの公的なマニュアルなんて、アタシが入社するまで過去には一切存在しなかったんですって。アタシが入職後に苦労した原因のひとつはこれね。文書にすれば簡単に伝わることを、口づてで教えようとするものだから、まだるっこしいったらなかったわ。しかも複数の職員が、皆違ったことを言うから混乱するのも当然ね。どこの職場も同じだと思うけどね。
 勤め始めてから、アタシはせっせと、徹底的に仕事内容を文書にまとめていったのよね。蛇事務長が、「業務が終わったら、キリのいいところで上がってくださいね」
 なんて声をかけてくれたが、35歳女史の口伝をその日のうちに紙に落とし込んでおかないと、後々自分が困る、そう思って毎日のようにマニュアルを作ってから退社したわ。もちろん、その時間を残業申請になんかしなかったわよ。そんなもの、マニュアル化されていて当然なのに、いまさら残業して作る自分自身に腹が立つから。
 でもね、これだけ通勤やら業務自体に苦労させられて、さらに職場のためにマニュアルまで作って頑張ったけれど、とってもお世話になった先輩には悪いと思ったけれど、この学校に対するアタシの気持ちは変わらなかった。鬼のように複雑なオペレーションをマニュアル化していったけれど(銀行の窓口業務なんかに比べたら寝言のような仕事でしょうけれど)。
 結局アタシは、こうやって頑張って数ヶ月にわたって作成したマニュアル文書を、退社前にすべて消去したのよ。アタシ、サイコパス的なところがあるから、人の迷惑なんて考えないし、先輩への良心なんてないのよ。サーバを破壊しなかっただけ自分でも偉いと思うわ。
 退社2週間前からデスクトップファイルに最低限度の日常業務マニュアルを残して、学校共通のサーバには一切のデータを置かなかった。何も残すつもりがなかったから。ちなみに、ほんの数ヶ月の在職期間にこのサーバは2回もダウンしたのよ。そんな会社、今時ある? いよいよ明日退社という日の晩にデスクトップファイルも、当然「ゴミ箱」の中身も奇麗に削除してあげたわ。
 そんなわけでマニュアルはすべて消去したけれど、実際はそんなに意地悪な話ではないのよ。って言うのは、日常業務のほとんどすべてをアタシに口伝してやらせようとしたのは35歳姉さんで、彼女の能力からオーバーフローした仕事が10年分貯まっていて、その溢れた分をアタシに担当させたいただけだから。
 つまり、元々の主担当であった彼女に仕事を戻すってだけの話。決して破綻はしないはず。姉さんが一番忙しくなるのは目に見えていたけどね。忙しくなっても、どうせ彼氏とデートするでもなし、パパ達と食事するだけだろうから。好きなだけ残業すればいいのよ。それを許さない蛇もいるだろうけれど。
 ちなみに、彼女に戻すことになる仕事にはとんでもないモノも含まれていたのよ。各学科長の先生にイベント等の稟議書を提出するように催促して、イベント実施後にその報告書を出させるという仕事。実はこの仕事、以前は事務長が自らやっていて、それを35歳女史が事務長秘書的にやっていたらしいの。たぶんこれが彼女に戻るわけよね。
 この連絡業務を入社間もない契約社員のアタシにやらせていたという、何と言う無茶ぶり。学科長達とは入職の時の一言の挨拶しか面識がなかったのによ? さすが蛇よね。ちなみに、蛇の前に事務長をやっていたTさんは非常に優秀な方で、この人の御陰でアタシは安心して退職することができたんだけど、それはまた後ほど。
 さて、日常業務の次に何をしたかって言うと、当然「年末のイベント」に関する引き継ぎよね。これは結構大変だったわよ。だって、前任者からの引き継ぎがとにかくテキトーなものだったので、アタシの後任にいかに理解させるか、まずそこからが手間だと思ったわ。
 結局アタシが辞めると決まってからしばらくして、蛇が先輩男子職員に「年末イベントを担当するように」と指令を出したそうよ。彼は正職員だから、業務命令ということであれば仕方がない、引き受けざるを得ないわよね。彼はアタシの前任者の仕事ぶりを端で眺めていたので、何をやっているんだぐらいは何となくわかっていたみたい。だから話は早かった。
 いざ、引き継ぎをしましょう、ということで、二人で3階の応接室に入ったとき、彼がアタシにこう言った。別に告ってきたわけじゃないのよ。
「実は、僕も退職する予定なんですよ」
 え? そう来たか! アタシが退職する日の2ヶ月後に彼も辞めるんですって。これは面白くなったわ。二人とも辞めるのを承知のうえで、どこまで引き継いでどこから先を不明のままにして後任に託すか、後任は誰なのか。わからないことづくめの中でひとまず引き継ぎ作業を開始した。
 引き継ぎをしていたある日、先輩が
「みきをさん、随分痩せたんですね」
と言った。アタシの身体が、おっぱいのある胸周りに対してウエストがすごく細いのでちょっと驚いた様子。そりゃあここで働けば誰でも痩せるがな。初めて会った時から10キロ痩せたんだよ。いやそれよりも、こういう身体つきなんだよ、って詳細を言いたかったけれども、やめた。いまさらなので。引き継ぎの合間に昔あった出来事をフンフンと聞いていると、
「すごく可愛い声を出すんですね」
 って、面と向かって言われて、ちょっと怖い思いをした。男性と二人きりの時にこんなことを言われるとアタシは正直怖いのよ。
 まあ、そんなことよりもお仕事の話。先輩と年末イベントについてせっせと引き継ぎをしたけれど、日常業務の引き継ぎ先については最後まで指示がなかったのだから、蛇はどんだけ呑気なのか。
 そうそう、アタシが引き継ぎの際にこの先輩に聞いた、蛇事務長にまつわる素敵な話を紹介するわね。1年間の産休を終えて職場に復帰しようという契約女子職員、そう、先日赤ちゃんを連れてきた切れ者主婦ね。後日、蛇事務長との間でやり取りがあったそうなの。復帰前に勤務時間や業務再開日程、今後の福利厚生制度なんかについて確認し合ったらしいわ。数回の打ち合わせをして、いよいよ仕事に復帰、という矢先に事務長が彼女に向かって
「今後さらに2度目の産休取得ということになれば、契約を打ち切らざるを得ないだろうね」
 と言ったらしいの。産休取得は1回目だろうが2回目だろうが、就業規則に記載された当然の権利なのよね。この一言で、有能なる女史の職場復帰は消えたって話。こんな上司とは働けない、ということだそうよ。そりゃそうでしょ、協力しようという意欲も失せて当然よね。
 いよいよアタシの退職2週間前。前の事務長殿、Tさんに挨拶に行ったの。定年となり総合事務局を離れ、別の科で働いていたのだけれど、アタシとは仕事上の関係があって、とてもお世話になり、またちょっとした折に優しく声をかけてくださった方なので、あちらの事務室までお礼を言いに出向いて行ったわけよ。
 事務局を辞めると聞き、そこはTさんが前にいた職場でもあるし、現在の蛇の性格もわかっているし、あまり詳しく聞く必要もなくアタシの退職を受け止めてくれたわ。そりゃそうよね、まともな感覚があるならば、あんなところで働いていられないことはわかるわよね。
 アタシが自分の抑うつ状態のことに触れたところ、Tさんの奥様がうつ病であるとのことを聞かされた。さぞかし苦労されていたのだろうなと思った。患者自身も苦しいけれど、家族も苦しい病気だから。Tさんに最後に「ゆっくり休むように」と言われ、涙が出るほどうれしかったわ。
 退職をして半月ほど経ったある日。先輩男性から電話があり、蛇に退職を申し出たとのこと。とってもサバサバした様子だったわ。
 で、例の年末イベントは、前事務長のTさんが担当することになったそう。やれやれ、アタシに優しい言葉をかけてくださった方にやらせるとは、なんという愚かさ。Tさんは、
「専門学校のスタッフが、公の機関である区の年末イベントに関わるのはどんなものかな」
 と言っていたので、彼にだけはやらせてはいけないのだ、とアタシは思っていたの。
 彼が一番仕事をわかっているし、今回の「退職の連鎖」に歯止めをかけることはわかっているけれど。さらに驚いたのは、前任の前任が退職した時、学校長が一度Tさんにこの仕事を依頼して断られたんですって。その記憶、残っていないんだろうね、学校長と蛇事務長のアタマには。
 さて、退職して3ヶ月が経ちました。先輩男性職員からもTさんからも電話がくることもなくなり、すっかり仕事と縁が切れ、再就職のアテもなく、自分の心も身体も隠すことなく、酒もやらず女もやらず男もやらず(笑)、悠然と暮らしている今日このごろ、皆さんはいかがお過ごしですか?

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フェイク女は電動こけしの夢を咥える  2/3 [フェイク女は電動こけしの夢を咥える]


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 自宅近くにある幼稚園の桜はもう散ってしまった。ハナミズキが咲く都内の街路樹が懐かしく思い出される。葉桜は陽光をきらめかせて清々しく揺れていることだろう。朝晩は少しヒンヤリとして、昼間、上着を脱ぐにもまだ早い。 
 金曜の夜。JR新宿駅。若い女がひとり、改札を出て地下街を抜け、東口へ出た。空はすっかり暗くなっていたが、大勢の歩行者が歩く街はビルから溢れる光とネオンで異様に明るい。これから益々明るさが増すような勢いだった。
 女は3丁目のデパートでしばらく時間を費やした後、新宿駅へ戻るように歩いた。途中、右に折れて昼間以上に混雑する東口の裏手を目指した。
 横断歩道を渡り、大通りから新宿ゴールデン街へ入ると、すぐ右に決してきれいとは言えない公衆便所がある。これを過ぎて少し進み、一番賑わっていそうな路地を右に入る。その路地の真ん中辺り、左斜め上にオレンジ色に白抜きのアルファベットの文字、『ABBA』が見えた。彼女は躊躇なく幅の狭い黒いドアを開けて店の中へ。
「こんばんは」
 脚を踏み入れながら、そうっと店内を見渡す。中は突き当たりにトイレ、左側にはバーカウンターがあり、その背後にボトルキープのための棚。いたってありふれた造りのスナック。キープされているボトルはほとんどがウィスキー。この店にはカウンター席だけが10脚ほど。
 女が入った時、他の客はまだ疎らだった。とはいえ日が暮れてまだ早い時間にすでに数名の客が座るスナック、それなりに固定客がいるということか。トイレ入り口の上、店の奥の天井からTVモニターがぶら下がり、何やらミュージックビデオらしきものが再生されていた。
 カウンターと棚の間の細長い隙間に和服姿のママが立ち、
「いっらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
と、一度聴いたら忘れられない、掠れたというよりも嗄れた声で挨拶をした。客は軽く手招きされて店内の中央の席、ママの前に座った。臆する様子は全くない。
 客は今日に限ってしっかりとメイクをしていた。髪はショート、女性にしてはかなり短い方だ。だからと言ってボーイッシュな印象ではない。見た瞬間に妙齢の女性と思う容貌、雰囲気。こんな暗い感じの、というよりも黒いだけの店には似つかわしくない女性なのだ。
「あれ?」
 店のママはその顔に見覚えがあった。が、誰だったのか思い出せない。いや、この商売だもの、忘れるわけがない。わかってはいるのだが、本当に記憶にあるその人なのか確証が持てない、という感じ。客が頬にかかる髪をかき上げてママに微笑みかけた時、ようやくこの客が誰なのかわかったようだ。これは意外、ちょっと驚いた様子のママ。
「ボトル、まだあったかなあ」
と、背後にキープされた中に女のボトルを探した。
「まだあるとすれば、平仮名で『みきを』の名前で入っていると思いますけど」と声をかけた。
 自分の目に間違いはなかった、とほっとするママ。あったわ、フォアローゼスを一本選び取った。みきをは、実は薫製臭い酒が苦手なのだが、仕方がない。蛇臭いマムシ酒や紹興酒に比べればまだマシだ。とにかく蛇はイヤ。蛇はイヤなのよ。男性の象徴みたいなものは全部イヤ。
 水割り? あ、最初だけね、とママは早速酒を作り始めた。みきをはママの手元を楽しそうに見つめながら話しかけた。
「お姉さん、お元気でした?」
 中ぐらいの大きさのウィスキーグラスと乾き物をみきをの前に置いたママが答えた。
「『お姉さん』は元気だったわよ」自分をそう呼ぶお姉さんを優しく見つめるみきを。
「それにしても随分ひさしぶりね。っていうより何か感じが変わったわね」と釜をかけるように話したのだが、
「え、そうかしら?」と、みきを。素っ気なく、小首を傾け自分の後頭部をかき揚げながら、笑みを浮かべて照れたように答えた。
「奇麗になったみきをに乾杯!」と、ママは久しぶりの再会に自分のグラスを持ち上げた。みきをは自分のグラスを軽く当てた。
 ママは「何か感じが」と言ったが、「何か」どころではない。
「感じが変わったというより、みきをは、性別を変えたのかしら?」
 一瞬、店の奥で飲んでいた男性客2組が会話を止め、入り口近くに座るカップルの話も途切れ、みきをとママの方にあからさまに顔を向けた。期せずして店内に『最後の晩餐』の構図が出来上がった。
「いいえ、戸籍上の性別も名前も変わらずですよ。だから、『みきを』のままで呼んでくださいね。そう言えばボク、見た目はちょっと女性化しているかなー」
 と他人事のように言った。ちょっとどころではない。顔と髪型は男性と言えなくもないが、それ以外は女性そのものだ。身体のラインは少しくびれが弱いが、胸もある。例の「お胸」が。
「まあ、色々あるからね」
と、ママは簡単な料理をひとつ手早く作りみきをの前に置いた。みきをは軽く頭を下げた。
 何人か他の客のお酒を作って、あらためてみきをの前に立ったママはタバコに火をつけた。店の奥では知らない曲が再生されていて、しばらく聞き耳を立てたが、思い出しようもなかった。
 ママの声が掠れているのはタバコのせいではなく、しゃべり過ぎるからなのだ、みきをはそう思う。さんざん亡き母に言って嫌がられたことだが、大体女性はしゃべり過ぎて声をオバさん化させていくのだ。もちろん、ママが実はこの店の仕事以外に、ライブ公演を本業とした女優兼ボーカリストであることも当然知っていた。要は、喉を潰すほど歌い込んでいるのだ。
 ママの口は、しゃべっているか、タバコを吸っているか、この店の中では常にどちらかの機能を果たしていた。店を出れば、ステージでシャウトし、あるいはベッドの上でシャウトしているのかもしれないが。
オネエ?のみきをに「お姉さん」と呼ばれるママだが、歴とした女性で、数年前に北欧男性と結婚していた。秋田美人、しかもかなりきれいなお姉さんだ。長い髪と和服が似合う。
「それにしても、ずいぶんと奇麗になったというか、メイクがお上手ねえ」
と感心するママ。喜色満面のみきをが答えた。
「でしょう? これね、さすがにプロですよね。ここに来るのは久しぶりだから、さっき3丁目のデパートでね、生まれて初めてメイクをしてもらったんですよ」
「ここに来るためにわざわざ? あら、そうなの、うれしいわねえ!」
「ボク、仕事は変わったけど相変わらずサラリーマンなんで、普段はもちろん化粧はしてないんです。でも今日はせっかくだから、少しは奇麗にしようと思って。ついでにメイク道具もいっぱい買ってきちゃいましたよ」
「色々大変よねえ、女になるって。あ、女じゃないのか。それにしてもみきをは、ボクって言うのね」
 そうそう、と頷くみきを。奥の男性客の耳がダンボになっているのが、何となくわかった。
 店内を見渡すと夥しい数のポスターやらチラシが貼られていた。音楽ライブ、劇場公演、ゴールデン街にとどまらず都内いたるところで催されるイベントの案内が好き放題に主張し合っていた。数々の黒っぽいチラシが、店内のほの暗さとマッチしているとも言えた。天井のモニターには往年の有名ロックバンドのライブ映像と代表曲が流れていた。これならみきをにもわかった。
「そっかあ、お化粧をするようになったとは、恐れ入りました」
とふざけたママが、みきをの右手薬指にある指輪に視線を向けた。
「あれ、結婚したんだっけ? 一度別れたんだよね?」
と痛いところをついてきた。そう、若くして結婚をしたものの、男性としては使い物にならずお払い箱にされたのはママも承知のはず。意地悪だわ。「いいええ、ずっとひとりですよ」と逃げてみた。
「じゃあ、離婚指輪か。それにしても変わった指輪ね。なんと言うか、ひとことで言い表せない色合いよね」
 と、立て続けに、決して淀むことなくママは話し続けた。そう、ママの話し振りは機関銃、ホントに客の話を黙って聞いている自分が大嫌いなんだろうな。客のくだらない話を聴くくらいなら、それを遮って自分が話の主導権を握る、という高等テクニックに違いない。
「あ、これね。なかなか変わった色でしょ? アレキサンドライトって言うんですよ。」
 みきをは鞄から小さなアーミーナイフのついたキーホールダーを取り出し、ちょっと見ていてくださいねと言いながら、ツールのひとつ、ミニライトの光を指輪に当てた。
 すると青緑色の光を潜ませていた石が、突然、鮮やかな赤に変色した。へえ、面白いわねえとママがみきをの手をさらに食い入るように覗き込んだ。みきをは指輪を嵌めた右手を大統領が宣誓するかのように持ち上げ、その甲をママに向けて、
「ある時は、男性として、そしてまたある時は女を演じる色に」
「まあ、都合のいい人なのね」
と喜ぶママ。別にママを喜ばすつもりはなかったのだけれど。
 みきをはついフザケたことを言ってしまう。職場でも軽口を叩く方だが、この店では仕事を批判的に見る視点なしで時間をやり過ごすことができる。純粋に、のんびりとお酒を楽しめばいい。久しぶりのお酒。
 この店の名前は、右から読んでも左から読んでもABBA。Bの文字は真ん中で背中合わせ、本当は同じ向きであるはずなのに、何かひねくれているな。まるで男と女が表裏一体のアタシみたい。そっか、同じ向きだとビョルンとベニーが怪しい関係になっちゃうか? 思わず笑ってしまう。
 自分は一体誰に対して、一体何色をさらけ出すのだろうか? そんな時がくるのだろうか? 本当の自分は何色なのかな。まあ、いいや。人に紛れて生きていくことは不可能ではないから。
 みきをの話を聞いていて、ママはなんだか楽しい気分になっていた。ふ〜ん、「そっちの方」に向かってるのね。と、そこへ
「こんばんは」
 みきをのお酒をさらにもう一杯作っているところへ、男性客がひとり店に入ってきた。背が高く、なかなかの男前だ。一応スーツを着ているが堅苦しさはない。仕事を終えて早々に外してしまったのだろう、すでに男性の首にネクタイはなかった。鞄は大きすぎない程度の高級感のあるブリーフケース。通勤用の書類入れなんて大きさではなく、そのまま一泊できそうな、かなりの量の書類が入るサイズ感。
 仕事帰りにちょっと一杯というところかしら? みきをがチラリと、しかしシッカリと男性客に目をやった。みきをの素っ気ない感じの目つきを見て、ママは思った。
「みきをはゲイ? 違う? どっち?」
 カウンターの中から見てカップルの左隣、みきをの右に男性客を案内して座らせた。この客が来るのは4度目かな? ママは記憶を辿った。
 客が増えたので、客同士で話しをしてもらおう、とみきをに男性客を簡単に紹介し、すぐさま男性のボトルを後ろの棚から取り出し、水割りを一杯作り差し出した。
 グラスを持ち上げ、みきをに向けて男が軽くにこやかに頭を下げてきた。みきをも自分のグラスを挙げて、お疲れさまと声をかけた。みきをは別に男性に興味はないのだけれど、ほんの少し、なぜか男の視線がうれしかった。
「みきをさんって、一般の方っていうか、ここのお客さんですよね?」
といきなり男の発した妙な質問。
「何言ってるの。普通にお客さんよ。素人さんよねえ」
 ママがみきをと目を合わせ、高笑いした。スラリとした秋田美人には高笑いが似合った。
「いや、女性でみきをさんって、てっきりお仕事用の名前かと思って」
 オナベバーの女とでも思ったのかしら? でも、感じのいい話し振りだった。みきをは「美喜雄」、名前までが本人同様に男でも女でもない感じ。それでも昼間は都内の音楽関係の専門学校で働いていた。これでも学生からは一応「先生」と呼ばれているのよ、でもそんなこと言ってもしょうがないわね。
「みきをは今どこに住んでいるの? 前は大阪から来てたわよね?」
 ママは弟の先輩だったみきををずっと呼び捨てにし、気安く話しかけてきた。このママ、みきをが以前勤めていた会社の後輩のお姉さんであるばかりでなく、実際に2、3個年上なので呼び捨てにされても仕方がなかった。一応、客なのよアタシ、とみきをは思う。全然腹も立たないけれど。
「船橋市内です。以前は世田谷の船橋近くで、今は千葉県の船橋です」
「ずっとひとりで?」と、また痛いところをほじくってきた。
「相方に捨てられて、にゃんこが死んでからはずっとひとりですよ」
『時が二人を壊さぬように』とはよく言ったものよね。どんなに頑張っても相手の気持ちまでしばりつけることなんかできないわ。
 そうか、独り身なんだと思ったのか、隣の客がうれしそうにソワソワと身体を揺らしていた。
「まあ、相変わらずねえ」とママ。
「で、いい人とかいないの?」と核心をついてきた。
「いませんけど」それが何さ!
 アタシ、行きずりの関係はイヤだし、関係が深まれば深まったで、今度は裏切られるのが恐い。あまりにも女っ気がないので(もちろん男っ気も)、もう少し人とつき合わなきゃとダメよ、とよく言われるけれど、人との繋がりができることが怖い。怖いっていうの確かだし、心が人を求めていない。それ以上に身体は人を欲していない。そんな性質(たち)なのよね。
「それで、みきをのいい人は男性なの? 今は女性?」
左に座る男性客がハッとして顔を向けるのがわかった。女性?って。
「あら、聴いちゃいけなかったかな?」
どういうこと? と男性客は考えた。女性なんだから、「いい人」と言ったら、普通はお相手は男性、と思うけれど、女性がいい人、ってビアンなのか? 
 あまりにも驚いた様子、あるいは真剣に男性客が考えている様子を見て、ママが
「言っちゃってもいいのかな?」
とみきをに視線を送りながら尋ねてきた。黙って頷いた。ママがみきをを指差して
「こちらの方、以前は男性としてこの店に来ていたのよ」今でも男よ、みきをは思う。
 あからさまに男性客が驚いた様子。みきをは前を向いたまま、2杯目のグラスを空けた。よ〜く見ればオネエと気がつきそうなものだが、店内の明かりと酔った目には生来の女性としか見えないのだろう。こんな酒場でオカマと居合わせたら、ちょっと引くのが普通の男性か。だが、ひょっとするとみきをが男性であっても、隣に座るこの男性客にはむしろそれは嬉しいことなのかもしれない。まあ、色々いるから。
「お洋服が似合ってますね」
と男性客がまた話しかけてきた。それって冷やかし? まあいいわ。
「ありがとうございます」とみきを。一瞬笑みを浮かべたが、次の瞬間には自分の顔からそれを引き剥がして捨てた。
「もの静かというか、メロウな感じの方ですね。よくここにはいらっしゃるんですか?」
 男性は完全に仕事モードから解放されているらしかった。2杯目を飲みながら、一応の会話が進んだ。みきをは男性に見つめられるのは好きだが、会話を深められるのはあまり好まない。男性としての声を知られるのもイヤ。男性にしてはかなり高くソフトな声質ではあるけれど。そんなことよりも、自分の心に入ってこられるのがイヤなのだ。
 男性客の興味を無視してみきをは右を向いて、モニター画面に見入った。懐かしいアーティストが往年のビッグヒットを唄っていた。年の近いママに「なっつかしいですね」と言うと、そう? と素っ気ない返事。あたし、この人はあまり聴かなかったな、とのこと。
 以前この店はボトルキープの棚の下に、タバコの脂で茶色くなったCDの背表紙をズラリと並べていたのだが、改装してどこかへやってしまったのかしら。ママも相当の音楽好きと思うが、彼らを知らないとは。みきをは3杯目をお代わりした。
 追いかけるように男性が3杯目を注文した。ペースが早い。なんだか心配だわ。さも興味があるように画面を眺めているが、彼らの曲を知っているとは思えなかった。この男性客、みきをより若いのではないだろうか。
「お仕事は何をされてるんですか?」
「知りたいですか? 聴かない方がいいかもしれませんよ」
「え、なになに? 気になるな、教えてくださいよ」
 男性をからかうような口振りで話し、男性客もそれを楽しむように話した。
 しばらくそんなことをして、みきをは、「じゃあ、そろそろ」、と小さな女持ちのボストンバッグを取り上げ、中から財布を出した。
「ひょっとすると、またしばらく会えないかもしれません」とみきを。また来てねとママ。すると、
「そろそろ僕もあがろうかな」
隣に座っていた男も慌てて勘定を済まそうと立ち上がった。
「じゃあ、またね〜」と嗄れ声。みきをは「お姉さん」に丁寧に挨拶をしてABBAを出た。男が少し遅れてみきをの後を追った。 
 ABBAを出て右へ、枝道を抜けてすぐ左へ曲がる。女性にはちょっと入りづらい例の公衆トイレを過ぎて靖国通りに出た。そして徐に左へ進んだ。普段は決して飲まないお酒3杯と普段履かないパンプスという「装備」だから、足下に気をつけて歩き出した。と、後ろから男が追いかけてくるのがわかった。
「みきをさん!」
 街中で大きな声で人を呼ばないでよ、面倒くさいわねえ、と思ったがみきをが振り返ると、男が何やら話しかけてきた。
「まだ飲むんですか? もう少しつき合ってもらえませんか」
と男のみきをを誘った。だから、アタシは男なんだってば。
 みきをは女性の装いだが、その本質をわかりもせずに付いてくる男の気が知れない。アタシは、男性が男性を誘う心理を理解しないし、そういう口でもない。
 アタシはABBAで見せた愛想の良さとは裏腹に男を無視して足早に大通りをさらに東へ。しばらくすると、大きな交差点に差し掛かった。立ち喰いそば屋のチェーン店を左に見ながら、横断歩道を渡ると、さらにもうひとつ交差点がある。左前方にデパートの配送センターらしきものが見えた。
 交差点を右に、そして左に渡って、御苑の方へ近づいていくと、新宿2丁目に差し掛かる。
 女装した男が夜の街で遊ぼうというのだ。そりゃあゲイと思われてもしょうがないか。アタシは女装だなんてこれっぽっちも思っていないのだけれど。職場ではもちろんメンズのシャツとスラックスを着て、普段はレディースを着る。着分けているだけだ。
 2丁目に入って行くアタシを、男性客はなおも追いかけてきた。ここまで付いて来られたら遊んでやらないわけにもいかないかしら? 都営地下鉄への入り口を過ぎた。
 そろそろ2丁目の灯りが明るくなってきたことだし、いつまでも無視しているのも可哀想なので、とアタシは振り返り、男に声をかけた。
「この辺りで、どこか知っている店があります?」
 2丁目のブロックに入ると、雑居ビルの壁に縦一列にズラリと店名を連ねて「その手の店」が商売をしている。気の利いた店名はないけれども、田舎の冴えないバーのような甘ったるい名前がないだけ気持ちがいい。ママ達が元男性だからなのね、そのネーミングセンスが好きだわ。
 新宿御苑に比較的近い、南に向かう通りの角にある賑やかな店。薄ら寒い時節なのに、オープンカフェ状態で客を大勢集めていた。まずはこの辺りからかな? 
 アタシは●丁目のホテルには馴染みだが、「この街」に入るのは初めてだった。男が
「ここで、ちょっと一杯、仕込んでいきましょうか?」
って、何その言い方。なんかイヤらしいわね。あんた、酔ったんじゃない? 
 アタシは男性客と賑やかな店の奥、カウンターに席を得てビールを注文した。ウィスキーを飲んだ後のビールはうまいって、こんな飲み方をしたらアル中になるかも。せっかく丸一年も断酒していたのに。
 店内には外国人客がやたら多かった。それと、男性ばかりの世界かと想像していたが、実際には女性客もチラホラいた。ノンケの一般客も入りやすいように仕立てた観光バーなのだろう。
「みきをさんって、結構いける方なんですね」
「アタシ、お酒を解禁したばかりなのよ」と自然に女言葉で話す。脳内言語が完全に女性モードにシフトしたようだ。
「この一年、肝臓を傷めてお酒を止めていたの」アタシには色々と肝臓を煩う事情があった。
 男性客が周りの客に愛想を振りまいてそれなりに馴染みながら、さらに話しかけてきた。
「いやあ、それにしてもですね、どう見ても女性にしか見えませんよね」
「それって、お世辞のつもりかしら?」
「いいええ。事実ですよ、事実」
「別に女性に見せようと思っているわけじゃないのよ」これは本音だ。服装も化粧もただの好みの問題なのよね。
「手術とか、されたんですか?」
「アタシ、『工事』もホルモン注射もまったくしていないわ。普通のサラリーマンにそんなお金なんて、あるわけないじゃない」
 男性客が少し驚いた様子。よく驚く男だ。
「でも、その、む、胸がありますよねえ」あるわよ、とみきを。だからあ、そんな身体なのよ。
「触ってみる?」男が生唾を飲む。
「触らせるわけないじゃない」と冷たく言い放った。まだ酔ってはいないようね、自分。
「性同一性障害ってヤツですか? インターセックスですか?」
「さあ。それにしても、よく知ってるわねえ。アタシ、自分のことを調べたことなんかないわ」と嘘を言う。
「診断を受ける気もないし、治療をする必要もない。アタシは、女じゃないの。こんな身体をした男なのよ」
 どう見ても女性にしか見えずレディースを着た目の前の人間が、「性自認は男」だと言ったところで、この男性客には理解できないだろうな。でも間違いなくアタシは男、そうなっているとしか言えないし、このままの自分でいいのよ。
 二人で2杯目のビールと、ちょっとした料理を注文した。夜も更けて、客の出入りがさらに回転を早めたようだ。周囲の賑やかさに紛れてちょっとボリュームアップして二人の会話は続いた。
「さっきの話ですけど、みきをさんのいい人って、じゃあ女性なんですか? まさかビアンってわけでもないですよね?」
「わからないわ」と極めつけの嘘を言う。
 身体が半分男性でも、性自認が女性で、性指向が女性ならビアンに決まってるじゃん? わからないなんて、大嘘も大概にしようね、アタシ。
 恋をするなら女性がいい、とアタシは思う。手をつないでキスをして。グルグル回る乗り物に乗らないのなら、一緒に「ネズミの国」に行ってもいいと思う。でも、それ以上の関係はない。女性は見るだけでいいのよ。セックスなんて猥褻なことをするなんて考えられないわ。自然に恋愛に突入する、その成り行きがアタシの頭には、そして身体にはついていけない。
 みきをはビールをチビチビ飲み、前を向いたまま考える。でも、本当にそんな「ビアンな見立て」でいいのだろうか? 自分が誰と恋をしたいのか、自分の心さえはっきりとは掴めていないのだ。ま、そんなことを目の前のこの男に話そうものなら、一生ついてくるだろうから話さないけど。
 でもね、性自認だとか性指向なんて、人の性を考えるうえで大事なテーマだけど、それってどうでもいいことなのよ、本当は。何でもありよねって認めてしまえばそれで終わる話。病気でもなんでもないのよ、本来は。もっと根の深い問題はあまり表に出ないけれど、アタシにはわかる。誰かのぬくもりが欲しいと思うかどうかがもっと肝心なんじゃないかなあ? 
 それを考えるとみきおは悲しくなる。なんで誰も彼も「いい人」がいなきゃいけないの? なんでアタシが男と寝なきゃいけないの? 見た目が女性だったら男性がお相手って誰が決めたの? 
 そして、なんでアタシ、女と寝たいんだろう?(もう二度と寝る気はないんだけどさ)どうして女性とお相手したいと思うんだろう? 本当に思ってる? 思っちゃいないわよ! ただこうして女性の姿で街を彷徨うのが好きなだけなのよ。この世にそれ以上楽しいことなんかないのよ。
 外国人男性客が、露骨にみきをに視線を向けていた。女性にしてはまあまあ背が高く(ホント、せめてあと10センチ背が低かったらいいのに)、胸も大きく、新宿の街をうろついているフツーの女性よりは遥かに奇麗な彼女を眺めるのは当然。普段、職場ではブラをつけていないが、今夜はしっかりつけているので、胸の大きさはいつも以上に目立っていた。
「みきをさんって、結構胸が大きいですよねえ」
 男が不躾に指摘する。温泉とかに行くことってあるんですか? との質問。なるほど、聞きたいだろうな。
「近所の銭湯には行くわよ」
「え? 銭湯って、男湯ですか、女湯ですか?」男の質問にみきをが吹き出す。
「女湯に入ったら捕まっちゃうわよ。アタシ、ちゃんと『お●ん●ん』が付いてるのよ」
 男性客が露骨にみきをの下半身に目をやる。なんだお前、その目は! どうしたいんだよ!
「他のお客さんにジロジロ見られたりしません? 何気に触られたりとか」
 男性客がゴクリとビールを喉に流し込む。男の喉仏が上下する。それを見て、イヤだわ、と思った。男のシンボルのひとつね。喉仏なんか要らない。
「誰にどう見られてるか、なんて気にしてたら銭湯になんか行けないわよ。それに、眼鏡を外すとアタシ、周りの視線は全然見えないから」
 なるほどなるほど、と鳩のように頷く男性客。まあ、よく頷くこと。
 実際はどうなんだろう? アタシが時々行く銭湯は、習●野駐屯地のそば、客の中には自衛隊員も多くいると思う。眼鏡をかけて彼らの身体をジッと観察したら、さすがのアタシも勃起しちゃうかな?
 こっちが欲情しなくても、アタシの身体付きは普通じゃないから、ひょっとしたら駐屯地の中では、イヤらしい身体をした「おとこおんな」がいるって、話題になっているかもしれないわね。アタシは密かにそれを期待しているんだけど。だからあ、ただの露悪趣味なんだってば。
 何杯か飲み進んでいる間、相変わらず店内の他の客達はアタシ達に視線を送ってきた。
 二人の会話が理解できているのだろうか、テキトーに外国人観光客?の目を受け流して、みきをは思った。
 やれやれ。男湯に入ろうが女湯に入ろうが、男が好きだろうが女が好きだろうが、どっちでもいいじゃない、せっかくここにいるんだから、今夜は2丁目らしくパーッと飲みましょうよ。だが、一緒に飲みたいのは間違いなくこの男ではない。では誰と? わからないわ。
 隣の男性客、アタシのことをニューハーフとでも思ってるんだろうな。シーメール? オカマ? もう何でもいいのよ。ただ今は自分には素っ気なくしているだけだ、と勘違いしているのかもしれないわね。所詮おっぱいの大きい、ただのおじさんよ。
 本当はシーメールでもニューハーフでもないけれど、そんな風に想像させておこう、とみきをは思った。まさか、アタシに何か期待しているのかしら? えーい、こんな男は潰しちゃえ?
「さあ、もう一軒行きましょうか?」
「はい!」男は嬉々としてみきをについていった。
 結局、自分がゲイタウンにいるのは相応しくないと思い、3丁目方面へ戻り、女装バーあるいはオナベバーを探すことにした。自分は女性でも女装でもないと自覚しながらも。さ〜て、どの店に入ろっかな?

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